Essay

Threat 彼にとっての脅威






やましいことのある人ほど



大義名分を乱用します。





“やましい”こととは



心理的都合悪いことです。





立派な根拠正当性を掲げて



激しい感情のバランスを取ろうとする




苦し紛れの理屈本心を隠す人たち。






したい本心には必ず


コンプレックスの影があります。






また、人に言えない本音の多くには


異なる願望が潜んでいます。






一方は成熟した


立派な自分像を守りたい願望





もう一方は、無条件にされ


称賛されたいなど甘え願望






例えば、経済力に劣等感を持つ




恋人A子の友人B太郎が高級車を買った。



A子は、B太郎とその車をめた。





それを凄まじくんだは、



大義名分を用いてB太郎を批判




「 彼は既婚者なのに嫁も子供も置いて



外でチャラチャラするために

派手な車を買ったに違いないよ。



まともな男なら家族のために

もっと実用的な車を選ぶよ…



キミはそんなことも気づかないの?」








その主張が、しいか否かは


まったくの別問題として





妬みからの発言である真実重要であり





「キミの友人がましい」とは


口が裂けても言えない点が問題です。





彼は人様に嫉妬したり、


下らないことでつかない




成熟した大人の男を理想としながら


現実未熟な自分に苦しんでいます。






大前提としてコンプレックス


過大評価している点が深刻な問題です。






しい要素を“持っていない”ことに


劣等感を抱く人は





その要素を究極的に


価値いものと思い込むため





それを“持っている”人を


極端に崇拝したり、反対に批判します。





コンプレックスのない人にとって


高級車は、高級車でしかありません。





しかし彼にとって経済力の象徴はすべて


自分に突きつけられた凶器なのです。










それが人によっては社会的地位であり


端麗な容姿、異性からの評価




高額な所有物、高成績フォロワーなど 



通常は単純にハッピーな要素であっても




そこに自分の存在価値を、



重ねてしまう人たちにとっては脅威です。




っていたらっていたで



それがかされる恐怖は計り知れません。





経済力容姿も、評価地位フォロワー



何もかも変動します。




いつ無くなってもおかしくない。





どれか一つが


彼ら自身の価値を表すものであれば





彼らはいつ


人生に絶望してもおかしくありません。







つまり、


しいものが手に入らない事実だけで



人は絶望しません。





日々の満足感に支障は出ません。






また、


しいものを手に入れただけでは



人はたされません。





日々の不安は解消されません。







私たちの人生を台無しにするのは



いつも、心の問題です。





幸福のカギは必ず、その先にあるのです。